主婦だって自由気ままに過ごしたい

群馬で仕事をしながら趣味に没頭する30代主婦のブログです

私の青春は「Iceman」と共にあった

こんにちわ。もがさんです。

ここ数日、出勤時の音楽をIcemanに変えた私。

青春がぶわーーーって、思い返されて会社着くころには涙目。(花粉症?)

今日なんて、鼻水までずるずるでした。(だから花粉症だよね?)

しまいには頭がぼーっとしてきて・・・(病院へ行け)

とにもかくにも、Icemanの思い出が私を熱くするのです!!

 

Icemanとは

Icemanアイスマン)は、キーボーディスト浅倉大介、ギタリスト伊藤賢一、ボーカリスト黒田倫弘による日本の音楽ユニット。1996年にデビュー、2000年に活動を休止した。

Iceman - Wikipedia

あれ??( ;∀;)

 2000年だったかな?2000年のカウントダウンには行った気がするけど。

なぜだかわからないけど、夜中に原宿から新宿までひたすら歩いたのを覚えている。

2000年。そうです。私が大学生の頃です。

ライブ三昧だったこの時期。

Icemanのライブにいくためだけに生きていたと言ったら、過言なこの時期!(いや、ゲームのためにも生きていたのでw)

 

Icemanの音楽性

とにかくDAサウンド。

「音楽的な実験の場」というのが結成当時の名目だった気がする。

実験の場・・・そう、実験の場なんです。

だから、とにかく実験的要素が多く、いい意味で攻撃的な曲が多かったんです。

スピーディなリズムに乗せた、黒田倫弘のボイスと伊藤賢一(以下、「賢ちゃん」と呼ぶ)のギターパフォーマンス。そして、DAサウンド。

独自の世界観を作り出して、私を魅了しました。

私の記憶が正しければ、今では普通にライブ等で使われている「イヤモニ」これを日本でライブで最初に採用したのがIcemanだったはず。ちがっていたらごめんなさい;;

 

ライブ

Icemanを語るうえで決して外せないのが、ライブについて。

私が一番最初にIcemanのライブを見たのが「Iceman Tour 1997 POWER SCALE」の埼玉県の戸田市文化会館で行われたライブ。

当時、高校生だった私は学校を早退してライブにいった覚えがあります(マネしちゃだめだよ)

爆音と光の中での3人のライブパフォーマンスに体が震えました。よくある表現ですが、これが一番しっくりとはまる気がします。

終わった後も興奮状態。

大宮から新幹線で帰ったのですが、今思い出しても周りに迷惑なくらい興奮していました(高校生だしね)。テンションMAX!!あんなにテンションがあがることはもうないんだろうなぁ・・・なんて思うくらい。

 

Icemanとの出会い

そんなIcemanとの出会いは、FMぐんまのスタジオ クラブエアーでした。

ラジオ番組のゲストでIcemanがやってきたのです。

その時、はじめて見に行ってそのままファンになりました。

当時、ひとめぼれ(?)したのが賢ちゃん。

「やばい、背が高い、かっこいい、赤い!!!!」っていうことでファンへ。

最初は音楽性とかどうとかよりも、顔から入りましたw

そんなものですよねぇー最初は。

前にも書いた、なにかをすきになる「きっかけ」って、ひょんなとこに落ちているものですね。

 

活動休止

2000年3月、いきなりファンクラブ会報誌で活動休止が発表されました。

当時はどうしていいかわからず、ただただ泣くだけ。

でも、心のどこかでは「そんな予感がしてた」って思っていましたね。

当時、3人がどこか違う方向を見ていた気がした(偉そうですが;;)ので、とうとう来たか。という気分でした。わかっていても、涙は出たのです。

 

そこで私のIcemanの思い出はパッタリ止まっています。

でも、今知ったのですが、2016年のDA'sPartyに参加していたのですね。

ああ、いきたかった。

 

賢ちゃんのイベには必ず参加し、賢ちゃんモデルのギターも3本購入。

購入特典で一緒に写真を撮ってもらったり。。。そんなあの頃がいまものすごくなつかしい。なつかしいだけじゃなく、当時の自分に嫉妬するレベルです。

今はもうそんなに熱くなれるものはないなぁ・・・。

 

最後に

Icemanとの出会いは私の人生に大きな大きな影響を与えました。そんな大きな出会いに乾杯(←ひどい締め方)